見つめた先に

何をやりたいか じゃない

どんなふうに生きたいか
何の為に生きたいか だ

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花束

Flower

職場の方々から頂きました。
素晴らしい花束でした。
涙声でご挨拶。
本日をもって退職となります。

嫌なことがあったり、やりにくい人がいたり。
失敗ばかり続いて、どうすればいいかわからなくなったり。
要領が悪くて、何をやってもうまくいかなくて。
最後の数ヶ月は、自分を責めながら仕事するのが、辛くて辛くてたまらなくって、毎日のように泣いていました。

いっときは殆ど食べられなくなって、そのせいで短期間でかなり痩せて、それで、体を壊す前に辞めることを決意しました。
進退がはっきり決まることで食欲は戻ってきたけれど、今度は失敗する夢ばかり見て、なかなか寝つけなくなったりもして。
集中力がなくなって、いろんなことがもう、ぼろぼろで。
私がもう、ほんとうに、ぼろぼろで。

それでも、今は、ただ、感謝を。
いろんな人に、たくさん助けてもらいました。
ほんとうに、ありがとうございました。

2月末まで溜まった有休を消化しながら、今後のことをじっくり考えたいと思います。
あまり思いつめないように。
まずは休養をとって、痩せた体を元に戻すことから。

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だって仕方ない

私が私を一番嫌いだ

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「同じことを何回言わせれば気が済むのか」
「頭おかしいんじゃないの」
そんな発言をさせるほど、他人を苛立たせているのかと思うと、それほど仕事が出来ない人間だったのかと思うと、ほんとうに、わたしは、どうしたらいいのかわからなくて、とにかくショックです。
どうにかしたくて、やることなすことぜんぶ裏目に出てしまって、一向に器用に立ち回れず、愚鈍で、ほんとうに、役立たずで、くやしい。

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貧しい心

職場に顔も見たくない人がいます。
声を聴くだけでぞっとする。

その貌を大きな石でぐしゃりと叩き潰す妄想をして、
宮崎駿映画に出てくる豚みたいにどんどん醜くなればいいと忍び笑って、
一生結婚できなければざまあみろだと怨念を送って、
しょせんそういう人間は大成しないのだと嘲って、

とりあえずはそうやって、溜飲を下げてみようか。

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予兆

もうちょっとがんばりなさいよ、と神様が言っている

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生きた軌跡

歴史に名が残らなくてもいいんです。
誰かの記憶に残ればそれでいい。

*     *     *

そして願わくば、その記憶が耀くものであったらと思うのです。

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子宮なんて、誰かに愛されなければまったく必要が無いわけです。

血の匂いが気持ち悪くて、涙ぐむ瞳が鬱陶しい。
貴重な時間がどれだけ無駄になるかと思うと、腹が立つし、ゆるせない。
苛立ちおさまらず、かなしい気持ちが膨れてる。
とても眠くてお腹が痛い。

自分を廃棄したくなります。
女にうまれたことがすごく無駄だ。
べつに女じゃなくても無駄だったと思うけど。
人格をぐちゃぐちゃに刻んで、惨殺してしまいたい。

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占い

軒下の占い師さんに、二千円で手相占いをやってもらった。
いろいろ教えてもらったけれど、
「なんでも話せる友達を一人つくりなさい」
と、何度も繰り返し強調された。
そんな友達を一人つくることで、私の性格から人生から、大きな変化を遂げるらしい。

それはどうか。
そもそもそれは友達か?一方的な依存じゃないのか?
何でも話すというのは、つまりアイデンティティの崩壊と同義じゃないのか?
私は決して秘密主義というわけじゃない。
おもしろくない話ばかりしてしまうので、聞く人を不快にさせるのが申し訳なくて、あんまり話したくないだけだ。たまにお酒が入ると饒舌になってしまい、深く反省する。
そもそも友達には、話したいことも話せることも全て話している。
それでも絶対に話すべきではないと理性が強く制限している部分は、細くて少ししか持たない人との関わりの糸が途切れてしまうのを防ぐ砦だ。
自分をだだ漏れにしてどうする。大丈夫な訳がない。
嫌われるのなんて一瞬なんだよ。
それに怯える心を臆病と言われたって!

これから先、友情だろうと愛情だろうと、たとえ新しい可能性をどれだけ切望しても、私からのアプローチは一切しないと決めている。
私がどれだけ誰かに興味を持ったところで、相手から接触を計るほど私に興味を持ってくれなければ意味がない。相手の興味を引けない自分は酷く虚しくて、やっぱりつまらない人間なんだといちいち落ち込むことになる。それはいい加減に辛い。
なんでも話せる友達をつくれなんて、ほんとうに的外れ。
むしろ沈黙を守る事こそ私の至上の命題だ。

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心無いが、偽善も無い。

吉本ばななの小説『TUGUMI』の中の少女、つぐみがこう言っている。

たとえばさあ、地球にききんが来るとするだろ?
それで、食うものが本当になくなった時、あたしは平気でポチを殺して食えるような奴になりたい。もちろん、あとでそっと泣いたり、みんなのためにありがとう、ごめんねと墓を作ってやったり、骨のひとかけらをペンダントにしてずっと持ってたり、そんな半端な奴のことじゃなくて、できることなら後悔も、良心の呵責もなく、本当に平然として『ポチはうまかった』と言って笑えるような奴になりたい。

*     *     *

私は生き物、とりわけ哺乳類が苦手だ。さらに範囲を絞れば愛玩動物が苦手だ。
誤解を恐れず断言すれば、犬や猫を可愛がる飼い主が苦手だ。
どれだけ尊敬できる人であっても、親しい友人でさえ、飼い主である一面は受け入れられない。
無条件に可愛がることがどうして出来るのか。一方的ですらある愛情が痛々しく感じられてしかたない。
とくに、ペットの死を本気で悼んで涙する姿を見ると、いたたまれなくなる。
なぜなら私がその悲しみを全く共有できないからだ。
一般的な常識を客観的な事実と照らし合わせ、分析し、嘘のない範囲で自分の考えを述べ、形式的な悔やみの言葉をおくる他に出来ることはない。
だから、本心から一緒に悲しめないことに罪悪感をおぼえ、そのたびに自分の冷たさを実感し、胸の内が少し重くなる。自分が出来損ないのような、間違っているような、人として異質であるかのようで、理不尽さに苛立つ。
ペットを飼っている人には、大事な家族なんだよね。まるで我が子のようだとは聞く。
でも、犬は犬だし猫は猫だ。それで、私は人間だ。
ペットを可愛いがるのは構わない。けれど、有事の際、赤の他人の子供より自分のペットを守ろうとする人を、私は絶対に許せないだろう。それは、地球的規模での犬や猫の命が人間の命より軽いという意味ではなくて、人間が動物であるかぎり、そして人間という種類に属する生き物であるかぎり、同種を優先するのが当然の姿なのではないかという、理念のようなものだ。
たとえば本当に食料がなくなったとして、私は必ずこう思うに違いない。

その犬を殺して肉をくれ。

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